術中発苦

「じゅっちゅうはっく」の「く」は漢字で書くと「苦」か、という人があった。
「術中八苦」もしくは「術中発苦」のことか。
ちなみに中国は三国時代、「鶏肋」の逸話で有名な楊修は、
曹操の他の息子ではなく文才あふれる曹植側についていたのが、
そのさい、曹操曹植が気に入られるよう、
曹操の問いに対していかに答えるか、を記したマニュアルのようなものを教えていた。
このなかに記されるもののなかに、
「策を用いるとは?」
という質問に対しての答えが「術中発苦」である。
通常、策というものは単発で用いられるものではなく、
幾重にも張り巡らされるものであり、
敵が術中にはまると敵軍に多大な被害を与えることが出来る。
しかしながら、相手も敵の戦術には当然ながら注意を払う。
そのため、なかなか巧いこと術にはまる、ということはないのだが、
例えば三国志演義赤壁の戦いで有名な連環の計。
曹操の魏VS孫権の呉の戦だが、いかんせん戦力差が激しい。
そこで呉は当時フリーの軍師ホウ統(漢字が難しすぎる)に策を授けてもらうことにした。
そこでホウ統は、魏がなれない風土や海戦のため、兵士が船酔いや病に倒れていたため、
なんとかしたい、と考えていたことを逆手にとることにした。
ホウ統は魏陣営に赴き、魏の諸侯にこう進言する。
「船を鎖で繋げば船はゆれまい。」
武将たちが、船がつながっていては火計の心配、と進言すれば、
「こちらは風上、心配ない」
と説得。
その他モロモロ、色々な細かな策も事前に仕込まれており、この船を繋ぐ策、連環の計が採用される。
その後、風向きがかわる瞬間をついて呉は勝つ、といったお話である。
ここで大切なのが、相手に連環の計にかかっている、と悟られないこと。
そして、じわじわ術中にはめ、火計を用い、急襲した段階、
つまり術が発動した段階になって初めてはめられた、と苦しむくらいの戦術が最上、
という考え方を表したのが、「術中発苦」である。


ちなみに「術中八苦」と言う語は存在しないが「八苦」とは「四苦八苦」とあるように、
仏教において、生きることは苦しむこと、というところから、
生老病死の四苦に愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五陰盛苦で八苦だと。
そういうわけで、「八苦」以外はうそだよ、ねんのため。